2009年12月16日

唐子について行く

 小学校の校庭の東側は生け垣になっている。「唐子模様」の唐子のような童子二人にいざなわれてその生け垣の間から入ると、そこは小さな社のような所である。
 ちんまりとした庭にも社の建物にも人の気配はないが、いかにもこざっぱりと整っている。あたりをゆっくり見まわすのを許さないように童子らはひょこひょこと先を行く。庭をぬけると切り崩した岩肌があらわれる。淡褐色の花崗岩らしい岩肌に一箇所、洞がうがたれていた。
 洞の入口は骨のような白っぽくて乾いた木枠で支えられている。入口こそ身をかがめなければならなかったが、そこを過ぎると大人が立って歩けるほどの高さがあった。ゆるやかな石段が下向きに続き、裸電球がところどころで黄色く灯っている。
 十段ほど下りると地面は平らになり、しばらく行くと板張りの床になった。気づくと周りの壁も板張りである。右左に蛇行してるので先は見通せない。何度か階段を上り下りしたがそれは石段ではなく木の階段だった。
 不意に明るい所へ出たと思ったら、そこは日本家屋の広い土間である。童子らは音も立てずに板間に上がる。私もそれについて上がろうとすると、靴を脱げ、と身振りで咎められる。彼らは履いたままだったのでそれに倣ったのに、と少々心外な感じがした。
 板間には囲炉裏が切ってあって自在鉤が吊ってある。火の気はない。奥の方に蹴上げ板のない梯子のような階段があって、童子らはそこを登っていく。あわててその後を追う。
 階段を上りきった童子らが扉を開けると外だった。どうやらかなりの高さの山の中腹のようだ。山肌に露出した岩に扉がついている。谷を隔てた対面の岩壁に巨大な壁画があった。異国の神々の図像。峻険な岩肌にどうやって描いたのか、想像するだけでぞっとする。
 帰りに日本家屋の家人らしき人に会った。普通のおばさんだった。
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2009年11月30日

帰宅

 子どものころ、父と一緒にある家に行った。夕暮れに林のなかにあるその家をたずねた。子どもだからそう感じたのかもしれないが、ずいぶん大きな家だった。私にははじめてのところだったが、父の知り合いの家らしかった。
 応対に出たのは年配の女性だった。顔立ちなどは覚えていないが、品のよい婦人だったような気がする。私と父は応接間にとおされてお茶をごちそうになった。
 そのとき家にはその老婦人しかいなかったようだった。父の用事はその婦人にだったのか、ほかの家人にだったのかはわからない。父と彼女の会話の内容はまったく記憶にない。ソファにこしかけておとなしくしてはいたが、その部屋の調度類があまりに立派なので私はあたりをきょろきょろと見まわしていた。
 帰り際になって彼女が、「さきほどあなたがたがいらして呼び鈴が鳴ったときに、旅行に行っている息子が帰ったきたのかと思いました」と言った。それに対して父は、ああ、そうですか、とあいまいな返事をしたように思う。
 父と老婦人の会話でこの部分だけが私の記憶に残っている。たぶんそれは、私はこの会話になんとなく変な感じを覚えたからだ。
 父は話し好きで旅行も好きだった。人が旅行に行ったと聞くと、ほう、どちらへ? と聞くだろう。それまでまあ楽しげに話していた相手から旅行の話題が出たらそこに食いつくはずだ。
 そのことについて私は父に聞いてみた……かどうかも実は覚えがない。
 覚えているのは、彼女の息子はもうずっと前に(旅行中の事故とかで)亡くなっていて、彼女はそのことを受け入れられずに“息子は旅行に行っているが、やがて帰ってくる”と思いこんでいる、という「エピソード」だ。
 この「エピソード」が事実なのか私の妄想なのか、わからない。
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2009年11月16日

黄色の家

 もう晩秋という時期になって「芥子庵」に来るのははじめてのことだった。芥子庵とは、H氏所有の別荘である。外壁が芥子色に塗られているのでそう呼ばれている。

「庵」とはいっても和風の建物ではなく、ごく普通の洋風住宅だ。3LDKだが畳の部屋はない。はじめは「芥子荘」という名だったが、「枯らしそう」と同じ発音なのを嫌って(H氏はそういうことを気にする)「荘」を「庵」に変えたらしい。そう呼んでいるだけで、別に扁額を掲げるわけでもないのだけど。
 芥子庵は、砂浜を見おろす松林のなかにある。夏を過ごすための別荘だ。秋から春の間、H氏は管理を兼ねて友人知人にこの別荘を貸す。別に家賃をとるでもなく、借りる者に管理費を払うでもない。海辺にあるので外壁などは傷みやすい。業者にたのむほどでもない補修や掃除を借り手がすることになっている。

 今期は私の学生時代の先輩Nさんが芥子荘を借りることになって、私は荷物運びにかり出された。Nさんは絵描き。芥子荘をアトリエがわりに使うとのことだった。
 若いとは言えないが一応女性のNさんに、そこにひとりで寝泊まりするのかと聞くと、泊まることもあるかもしれないけれど、たいていは通うつもりだ、と彼女は答えた。
「あなたが一緒に住んでくれるなら、それもいいかもね」
 ああそうですか、と私は取り合わないふりをした。Nさんの考えはわからない。以前NさんはH氏とつきあっている、と聞いたことがある。当時すでにH氏には家庭があった。これからNさんが芥子荘にいる間、H氏が訪ねてくることがあるのかもしれない。
 私のまわりも、いつのまにかフィクションに出てくるくらいには複雑になってしまっているようだった。あまり感慨はなかったが、海は鈍色で風が強かった。
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2009年10月28日

甍上の虎

 町のはずれに大きな屋敷の廃れたのがあって、住む人もない。広い庭も手を入れる者もなく荒れ放題だが、金木犀の立派なのが幾本かあっていい香りがしている。
 ところが、香りにさそわれて扁額が架かったかつては壮麗であったであろう門をくぐった者が帰ってこないことがあった。
 それというのも廃屋には一頭の虎が棲みついていて、敷地に入ってきた者を喰ってしまうからだった。そもそも人が通うような処ではない。いくら金木犀のいい香りがしても、廃墟に踏み込むほどの者がどれほどいるだろう。虎はめったにない獲物を決して逃したりはしなかった。
……という話をNさんはしてくれた。彼女がいま描いている絵の物語である。
 畳ほどの大きさの画面に、土壁のところどころ剥がれ落ちた廃屋の一部が見える。薄墨の空には上弦の月。瓦屋根の上には一頭の虎がおり、下にいるであろう獲物を凝視している。土壁にも瓦にも色彩は乏しく、虎の毛皮にしても黄褐色と黒ではなくほとんど白と黒の縞模様である。
 虎の視線の先には獲物の姿はなく、軒に届くほどの高さの金木犀の木があるのみ。こんもりとした葉こそ沈んだ緑だが、その花は目の覚めるような鮮やかなオレンジ色だ。
 狡猾な虎は自分の獣臭をさとらせないように巧みに風下に位置しているのだろう。その場に漂うのは、いまが盛りの金木犀の花の香りだけである。
 虎はかつて人だった。そしていまは廃墟になっているこの屋敷の主だった。普段は山にいて山の獣を狩っているが、この季節になると屋敷へ戻ってくる。庭の金木犀の香りをかいで人であったころを思い出す……これは私が考えた。Nさんに言うと「虎になった理由は『人虎伝』と『山月記』でいうとどっち?」と聞かれた。
 私は不覚にも『人虎伝』を未読だった。
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2009年10月15日

世紀末米国の画家

 ジェフリー・フォードの小説『シャルビューク夫人の肖像』(田中一江訳、ランダムハウス講談社刊)の表紙画には、ジョン・シンガー・サージェントの有名な肖像画『マダムX』が使われています。黒い夜会服の婦人像ですが、露わにされた胸から上の肌の白さがきわだって艶めかしい印象を受けます。
 この絵は1884年にパリで発表されましたが、当初『ゴートロー夫人の肖像』というタイトルで、モデルは実在の人物でした。人妻を描いたものにしては扇情的すぎるという理由でスキャンダルになったそうです。今にして見ればそうでもないですが。
 表紙画を知っていたこと、以前読んだフォードの『白い果実』がおもしろかったこともあって『シャルビューク夫人の肖像』を読んでみました。これがまた、たいへんおもしろい! 『白い果実』がまったくの異世界ものであったのに対して、本作は実在の画家も登場するずっと現実的な舞台設定です。そうはいっても描かれるモチーフは奇妙な物ばかりで、ミステリー風ですがほぼ幻想小説です。

 19世紀末のニューヨーク。画家のピアンボは肖像画家として名が売れてはいるが、その立場に疑問を感じてもいる。そんな彼に肖像画の依頼がある。依頼主はシャルビューク夫人。ただし夫人の姿を見ることは許されず、屏風越しに彼女と彼女と会話することによってその姿を想像して描かなければならない。法外な報酬に惹かれて依頼を受けるが、あまりに奇妙な夫人の話にピアンボは当惑する。折しも市内で血の涙を流して死に至る奇病が流行するなど現実にも奇妙なことが起こりはじめて……

 結晶言語学、双子の雪の結晶、人糞占い師など字面だけでも興味を引かれるような(?)モチーフが次々に出てくるユニークな物語です。


シャルビューク夫人の肖像 (ランダムハウス講談社文庫)

シャルビューク夫人の肖像 (ランダムハウス講談社文庫)

  • 作者: ジェフリー フォード
  • 出版社/メーカー: ランダムハウス講談社
  • 発売日: 2008/03/01
  • メディア: 文庫



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2009年09月27日

白い手

 夢の中にくりかえし同じ人物や場所が出てくると、なにか理由があるのではと考えるだろう? と友人は夢の話をはじめた。

 彼は病院に見舞いに来ている。現実では来たことのない病院。個室のベッドには女性が横になっている。彼と同じかやや若いくらいの年齢。血色はよくないが、美しい女性だ。どういう知り合いかがわからない。もちろん現実では会ったこともない。
 初めて彼女を見舞ったのは、というか、その夢を見たのは夏の盛り。病室はうす暗くてほどよく冷房が効いている。閉めた窓ごしにセミの声が遠く聞こえる。
 ベッドの横に座ってなにかしら話した。でも夢の中から持ってこられる記憶はそう多くなくて、なにを話したか目を覚ましたあとでは思い出せない。
 週に一度は彼女を見舞った。夢の中でしか会ってないのに、ずっと以前から知っているような気がしていた。でも次に見舞うときには、親しいけれど間柄はよくわからない、明らかに友だち以上だが恋人かどうか微妙、という意識になっている。
 彼女はあまりベッドから身体を起こさない。衰弱しているからではなくその姿勢が楽だから。少なくとも命に関わるような容態ではない。すうすうと寝息を立てていることもあるが、起きているときは普通に話もする。少し低くて耳ざわりの良い声だ。
 庇の下から陽の光がさしこむ季節になったころのこと。彼が帰ろうとすると(決まって病室を出る前に目が覚める)彼女が手をのばして彼の手を取ろうとした。
 その手は細く白く、なにより清廉な感じがした。彼はその手に見とれて自分の手を出せなかった。自分がひどく不浄な気がした。

 たかが夢なのに、と彼は言う。いまだにどうしても彼女の手を取れない、と。
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2009年09月14日

眠る犬

 先輩のNさんから電話で「近所の公園で写生をしているのだけど、荷物があるので運ぶのを手伝って欲しい」と言われる。
 電話を切ってからいろいろ疑問がわく。そろそろ日が傾いてくる時刻だったので、描ききれなかったモチーフ(花とか)を家で描くために持ち帰るのか? そもそも公園の花を持ち帰るのは違法ではないのか? 「スーパーの買い物カゴくらいの容量のバッグ、または風呂敷。汚れてもかまわないもの」を持参するようにとのことだった。

 Nさんは、家を出るときには気づかなかった。公園の近くまで来てふとふり返ると犬がついてきていた。Nさんの家の飼い犬だ。首輪はしているがリードがない。
 犬はNさんに追いつくと、立ち止まっている彼女をうながすように公園のほうへ行こうとする。しかたなくついて行くことにする。
 公園には他に人もいる。何かやらかすんじゃないかと気になったが、犬は彼女のすぐそばをおとなしく歩いている。彼女が腰をおろしてスケッチブックを広げてからも、目の届く範囲にいた。こんなに行儀のいい犬だったとは、と感心した。
 つい写生に夢中になってしまった。はっとして犬をさがすと彼女のすぐ後ろの芝の上で丸くなって眠っている。安心して犬の名を呼ぶ。耳はぴくりと動いたが目を覚まさない。

「どうしても起きないから、そのままバッグで運んで欲しいんだけど……」Nさんは私が持参したトートバッグを見て言った。けれど彼女が指さす芝生に犬はいない。そう言うと彼女は残念そうな顔をして、芝生の上をなでるしぐさをした。
「わたしには、見えるけど触れないのよね……もうずいぶん前に死んだんだって、さっきまで忘れてたわ」
 私はかつがれている、きっとそうだ。
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2009年08月28日

知らなかった

 バスを待っていると、くすんだ緑色の古めかしいデザインの車が停まってクラクションを鳴らした。見覚えのある車、Nさんの車だ。
「帰るんでしょ? 送ってくよ」
 車のくすんだ緑色は「セラドン」という。フランス語で青磁の色のことらしい。以前「灰緑」といったらNさんに訂正された。左ハンドルで2ドアなので車道側から助手席に乗り込む。色の名前もフランス語なら車もフランス製だ。日本画家なのに。
「で、今日は何を借りたの?」

 どういうわけか、私が図書館帰りだとお見通しのようだった。「学生時代から図書館に入り浸っていたもんね」Nさんは美術学校の先輩だ。たしかに私は学生時代、学校より図書館に足繁く通った気がする。でも学年も専攻も違う彼女がなぜ知っているのだろう? そんな話をした覚えもないのに。
「図書館でよく見かけたからね。私だって図書館くらい行くわよ」
 学生時代にかよった図書館でNさんに会った記憶はない。「いつも思い詰めたように本を借りていたから」声をかけられなかったらしい。学校がある町の図書館はとにかく蔵書が多かった。その町にいる間にできるだけたくさん読まないと、と当時は少々見当はずれの情熱を持っていた。なんだか恥ずかしい所を見られた気がした。

 その日借りたのはエドモンド・ハミルトンジャック・フィニイ。
SF三昧か、さすがに高等遊民は違うわね」
 NさんがSF好きとは知らなかった。でも私は失業中というだけで、高等遊民じゃない。「でも今は思い詰めたようなような感じがしないからね。いいじゃない高等遊民、優雅な感じがして」
 そういえば、Nさんと本の話をしたことがない。彼女はどんな本を読むのか気になった。
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2009年08月13日

美しいケヤキ

 丘の上のある施設に用事があって出かけた。用事をすませて帰ろうとしたときに、階段の踊り場にある窓から大きな樹が見えた。
 ほうきを逆さに立てたような樹形、ケヤキだ。となりにある五階建てのマンションよりも少し高いから16、7メートルはあるだろう。根元までは見えないが、灰白色の幹はすらっとスマートに伸びている。きれいな放射状に拡がった梢には豊かな葉の茂みが、夏の真昼の空を鮮やかな緑で切り取っている。
 樹形の見本になりそうな、それはそれは美しいケヤキだった。樹冠のあたりから葉は淡い黄緑、鮮やかな緑、くすんだ深緑のグラデーションをなし、それが幾重にも重なってゆっくりと風に波うっている。絵に描きたくなる樹だ。
 頭の中で絵の具を、というか、最近は絵を描くのもパソコンペイントソフトなので、画面のカラーピッカーを想像して色を拾う、という仮想を仮想でやってしまう。

「失礼ですが……」
 声をかけられて気づくと、そばにやや年配の女性が立っていた。黒縁でレンズの細いメガネをかけ髪をアップにしたちょっとキツそうな感じの女性。施設の職員のようだ。何かとがめられるのか? 私はそんなに挙動不審だったか?
「絵をお描きになる?」女性は言った。なぜわかった?! この女エスパーか?
 私の右手は無意識のうちにペンタブレットのペンを持つ形で宙をひっかいていたのだった。挙動不審だと言ってさしつかえない。
「ええ、まあ、たしなむ程度に」私は応えたが、いいわけめいた口調なのが自分でもわかる。
「あのケヤキでしょう? 以前もこの窓から描いてた方がおいででしたから」
 明るい窓際に来た女性は思ったより若いようで、メガネの縁はきれいな臙脂色をしていた。
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2009年07月30日

気味の悪い

 気味の悪い夢を見た。
 眠っていたところ(夢の中で)、壁のほうでごそごそ音がする。起きて(やはり夢の中で)あかりをつけると壁に謎の生物が三種類もはりついてそれぞれ威嚇しあっている。
 第一に、体長20センチくらいの恐竜っぽい何か。ヴェロキラプトルを小さくしたようなヤツ。手足のかぎ爪で器用に垂直の壁のわずかな凹凸をとらえているようだ。たぶんコイツがいちばん賢い、というか狡猾だろう。
 第二に、シャチホコガの幼虫っぽい何か。昆虫に詳しい人ならおわかりのはずだが、シャチホコガの幼虫ほど凶悪な外観をした生き物はいない。それがでかい。ラプトルよりは小さめだけど、蛾の幼虫にしてはでかすぎる15、6センチはあろうかという勢いだ。しかも異様に長い胸脚を広げて威嚇のポーズをとっている。まちがいなくコイツがいちばん気味が悪い。
 第三に、ミミックオクトパスっぽい何か。ミミック・オクトパスはインドネシアあたりの海にいる尋常ではない擬態をするタコだ。たぶんコイツがいちばんでかい。3、40センチはある、がカーテンに隠れて全身は見えない。水の外でなぜ平気なのかは謎だ。

 三すくみの状態かと見えたがそうではなくて、ラプトルがタコにちょっかいを出している。シャチホコはただ威嚇している。ラプトルがタコの脚に噛みついて、カーテンから引っぱりだすが、意外とでかい相手にちょっと臆した。タコはするするっと壁を伝って本棚と壁のすき間に逃げ込む。そんなすき間があったなんて今まで気づかなかった。
 ラプトルはすき間に入れずにガリガリやっている。タコに飽きたらシャチホコをどうにかするのか、それともワタシか。
 シャチホコは相変わらず威嚇の姿勢だが、ただひたすら気味が悪い。
 とにかく、こんな部屋にはいたくない。
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